【大寒】

                         

 今日はもう一つの人生の宝についてお話したい。

 2006年の春頃だったと思う。汪婉という方からメールをいただいた。「はじめまして」で始まり、「伴先生の『マレーシア凛凛』を拝読いたしまして、とても勉強になり、感動・感激しました。私にとって、マレーシアは全くの未知の国で、これから勉強しなければならないと思います」と続いた。そして、「東京で、あるいはマレーシアでお目にかかれれば幸いです」というお誘いでそのメールは終わっていた。

 汪婉女史は東京大学大学院総合文化研究科で近代日中関係史の研究をされていて、ご主人の程永華氏は当時駐日中国公使で、近く駐マレーシア特命全権大使に任命される予定であった。赴任前にマレーシアについて知りたいと思い、日本語で書かれたマレーシアに関する本を探していたところ、たまたま拙著に出会ったという。「いい本を見つけた」と親しくされていた工学部日本語教室の山崎佳子先生に話をしたところ、「伴美喜子さんなら知っているわ!!」ということで、私たちは山崎先生の橋渡しで知り合うことになった。

 その年の7月にマレーシアを訪れた時、既に駐マレーシア中国大使として赴任されていたご夫妻に夕食に招かれた。程大使も拙著を読んでくださっており、話はマレ―シアのこと、日中関係の歴史など、多岐にわたり、時間が経つのも忘れて、随分遅い時間までお邪魔してしまった。大使夫妻と私の三人だけで過ごした大変光栄な、その南国の夜のことは忘れられない。

 それから、東大で研究を続けておられた汪夫人とは何度か東京でお会いし、メールの交換が続いた。2008年に程永華大使は駐大韓民国大使になられた。汪夫人から「是非韓国に遊びに来てください」と誘われていたが、程大使は2年足らずで、今度は駐日大使に任命された。

 私は図々しくも大使夫妻が離任直前の冬のソウルを訪問した。恥ずかしながら初めての韓国訪問だった。可能であれば、お茶だけでもと思っていたところ、何と大使夫人が「運転手に急用ができたので・・・」と自ら車を運転されて、私を飛行場まで迎えに来て下さったのだ! 初めてのソウルで赤絨毯で出迎えられたような晴れがましい気分だった。助手席にお嬢さんがいてハングルの道路標識を見てアドバイスをされていたが、実は汪夫人はソウルではほとんど運転したことがないということで、それはそれはスリリングな(?)ドライブだった(失礼をお許しください)。夫人の即決力と勇気、そしてご厚情には心から感激した。

 2010年に駐日特命全権大使として日本に赴任されると、汪夫人は大使夫人としてお忙しくなられ、研究も中断されて、ご自身も参事官として大使館の仕事をされるようになった。一度山崎先生らと大使館にお招きいただいた後は、私にとって「雲の上の人」となられ、親しいメールをお送りするのも遠慮するようになった。最後にお会いしたのは2015年の中国大使館主催の国際婦人デーのパーテイーだった。

 日本を深く研究され、日本語も素晴らしく(達筆な日本語のお手紙をいただいたこともある)、謙虚でお優しい汪夫人との出会いは、大変光栄で人生の宝だと思っている。

 もう一度お目にかかりたいとも思うが、それは畏れ多いこと。この美しい思い出を一生大切にしたいと思う。

 今年の春節は明後日の1月22日。2019年に9年余りの駐日大使としての務めを終えられ、北京に戻られた程永華大使・汪婉大使夫人に想いを馳せて、

  新 年 快 楽!



中国大使館公邸で花を生ける汪婉大使夫人

国際婦人デ―のパーティーで。右は山崎先生


リンク:
☆ 春節快楽! https://ban-mikiko.com/3677.html
☆ 『マレーシア凛凛』書評/紹介文 https://ban-mikiko.com/707.html