家族のレシピ
-
空を覆うヘイズ(煙害)の恐ろしさ
金木犀の花も散り、秋の爽やかな風が吹くようになった。天高く、真っ青な空には白い雲が自在にその美しい姿をなびかせている。いい季節になったなあ・・・と呟きながら、…続きを読む
-
被爆した東南アジアの留学生を想う旅(追記②)ペンギラン・ユソフ
霜降(旧暦長月13日) 南方特別留学生の中には首相になった方もいます!! 今日は広島でラザク先生と一緒に授業中に被爆し、九死に一生を得、後にブルネイの首相に…続きを読む
-
被爆した東南アジアの留学生を想う旅(追記①)アリフィン・ベイ
私がクアラルンプール日本文化センターを離任する時、ベイ先生が自宅で送別会を開いてくださった(前左がベイ先生) シリーズ「被爆した東南アジアの留学生を想う旅」…続きを読む
-
被爆した東南アジアの留学生を想う旅(5)ニック・ユソフ
中秋の名月、旧暦葉月15日 万代橋近くにある興南寮跡碑 旅の2日目、私たちは平和記念資料館を訪問した後、元安川ほとりの興南寮跡碑を訪ねた。1976年に建てられ…続きを読む
-
被爆した東南アジアの留学生を想う旅(4)栗原明子
秋分、旧暦葉月13日 ラザク先生の長男ズルキフリーさんの広島訪問のYouTubeに一人の穏やかで優しい老婦人が出てくる。今年100歳の栗原明子(めいこ)さんで…続きを読む
-
被爆した東南アジアの留学生を想う旅(3)アブドゥル・ラザク
広島平和記念資料館に展示されたラザク先生のパネル 留学生たちのことを想う・・・ 南国から来て、冬は寒くなかっただろうか。 十分な暖房はあったのかしら。 食べ物は…続きを読む
-
被爆した東南アジアの留学生を想う旅(2)サイド・オマール
オマールさんと上遠野寛子さん サイド・オマール・ビン・サイド・モハマッド・アルサゴフさんはスルタンの家系で、シンガポールと水道を隔てたジョホールバルの裕福な家…続きを読む






