1958年、私がまだ10歳にならない頃である。アメリカ(サンフランシスコ)から帰って、私たち一家は吉祥寺の外務省のアパートに住み始めた。6畳と3畳の2間に家族5人が住んだ。風呂はなく、キッチンは玄関を入った奥にキッチン「コーナー」があるだけの狭い、狭い家だった。

 アメリカで「豊かさ」を体験した私たちは再びウサギ小屋の生活に戻ったのである。アメリカから持ち帰ったGMのデッカイ冷蔵庫(今ではどこの家にでもあるサイズかもしれないが、その頃はとても大きく感じられた)が玄関に鎮座していて、ひどくアンバランスだったが、私たちの「自慢」にもなっていた。我が家にはテレビはなく(経済的な理由か、教育的な理由かわからないが)、弟たちはご近所の家で見せてもらったりしていた。

 父は忙しく仕事に全力投球をしており、夜は帰りが遅く、朝もすれ違いが多かった。しかし、時々日曜日の朝はゆっくりしていて、そんな時、母は決まってアメリカンスタイルの朝食を備備した。折り畳み式のテーブルが広げられ、プラスチック(その頃は使いやすく、しゃれていると感じていた) の洋皿、フォーク&ナイフ、そして紙ナフキンがセットされ、アメリカから持ち帰ったコーヒーポットでコーヒーを沸かし、Sunbeam の浅い電気鍋でパンケーキを焼いてくれた。   

 当時卵や牛乳は貴重で、バターやメイプルシロップも贅沢なものだった。小さかった私たちは、目の前で次々に焼き上がるパンケーキを我先にと争って食べた。そんな私たち姉弟を両親は嬉しそうに眺めていた。楽しく、賑やかな日曜日の朝の食卓だった。そして、我が家ではいつしかパンケーキのことを「Sunday Morning 」と呼ぶようになった。

 パンケーキは日本ではホットケーキ(hot cake)と呼ばれてきたが、海外ではパンケーキ(pan cake、 panは底が平らで薄い片手鍋)と言わなければ通じない。元々同じものだが、日本では最近パンケーキという言い方もあり、しかもホットケーキと区別するようになった。前者は厚くて、甘く、レトロなイメージ、後者は薄くて、食感がしっとりし、生クリームやフルーツのトッピングを添えたオシャレなお菓子のイメージがあるようだ。

 ホットケーキの歴史は16世紀の英国で始まり、日本では1923年に日本橋三越の食堂で「ハットケーキ」として初めてお目見えしたそうだ。パンケーキでは、いわゆるbreadをイメージしてしまうので、hot cake としたらしい。さぞかしハイカラなお菓子だったことだろう。その後、お手軽なホットケーキミックスが出回るようになったが、それは高度成長期に入り、材料の卵や牛乳が気軽に買えるようになったからだ、といつか新聞記事で読んだことがある。ホットケーキはドーナツと並んで、成長期の子供にぴったりのおやつの定番となったのである。

 お菓子の歴史も手繰っていくとなかなか面白い。さて、今の子供たちは何をおやつに食べているのだろう。

 話は戻って、我が家のSunday morning だが、仕事を持つようになってからも、ゆったりとした休日に時々思い出したように作ることがあった。貧しさの中にも豊かさがあった幼い頃の日々が懐かしく蘇ってくる、大切な家族のレシピだ。