タイで見つけた宝

 10月8日、高知工科大学で、小さな国際交流の会が開かれた。タイ王国の元外務大臣、クラサエ博士の講演会で、テーマは「グローバル化時代の光と影―タイから見た世界は今」。

 この会が開かれることになった「経緯(いきさつ)」をまずご紹介しよう。

 8月下旬のことであった。私は突然学長室に呼ばれた。森﨑智さんというご婦人が来ておられ、岡村学長の話に頷いていた。

「工科大学にも早くからタイの留学生が来ていて、今、助手になった者も含めて確か、7人います」

「タイと日本は文化的に近いのですね、彼らはすんなり日本の社会に溶け込んでいるようです。・・・タイとの交流は今後も積極的に進めたと考えています」

 森﨑さんの用件というのは、今度クラサエ博士という方を高知に招くのだが、半日高知工科大学で受け入れてもらえないだろうかという相談だった。学長が「喜んで」と即答されたのはもちろんのことだが、私は咄嗟に「そのような立派な方が来られるのでしたら、小さな講演会をお願いしてはどうでしょう」と提案した。

 森﨑さんが置いていかれたクラサエ博士の半生記『そして、村へ―農村医療と開発にかけたドクター・カセー(クラサエ)の半生』を読んでびっくりした。

 チュラロンコン大学医学部卒業、コンケン県ムアンポン郡保健所勤務、「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞受賞、大学庁大臣、外務大臣、首相最高顧問、日本国春の叙勲にて「旭日大綬章」受賞・・・。 

 輝かしい履歴を持った同氏が、実は地方の小さな村の貧しい家族に生まれ、少年時代は水売りをして家計を助けていたというのだ。

 私はその奇跡のような生い立ちに心を動かされ、一気にその半生記を読了した。このような立派な方をお迎えできるとは、何と光栄なことだろう。

 クラサエ博士が来高された。本のイメージ通り、穏やかで、フレンドリー、そして積極的な方で、その優しい笑みに魅了された。

 「第1回国際交流茶話会」と銘打った講演会には学内関係者の他、土佐山田町長、山田高校校長、土佐山田国際交流協会副会長はじめ地域の主婦の方々等総勢40数名が集まった。

 講演は英語、それをタイの留学生らが日本語に要約、司会もタイの留学生と、すべてが学生たちの手作りの会だった。最後に留学生がお礼にと、「世界に一つだけの花」を歌って拍手を浴びた。

 若き日々、農村のコミュニティー・リーダーとして活躍された博士は、「このように、大学と地域住民が一緒なって活動しているのは素晴らしいことだ」と喜んで下さった。

 そして「アジアの人々は日本のリーダーシップに期待している。そのためには日本の社会が新しいリーダーを育てていくことが大切だ」と講演を締め括られた。

 11月初め、タイの国立タマサート大学に5カ月留学していた板垣毅君が帰国した。2枚に纏められた報告書には日本の若者がタイでみつけた宝が詰まっていた。

 「タイでは9割以上が仏教徒であり、彼らはとても敬虔で信仰を大事にしている。タンブン(徳を積む)という言葉をしきりに聞いたが、彼らにとって日常生活での善行は即ちタンブンで、仏教徒として徳を積むことである。これがタイ人の親切さにつながっているのかなと感じ、初めて宗教に興味を持った。」




クラサエ博士は自国の留学生たちに、何を訴えかけていたのだろう。博士への「敬意」を表し、学生たちは全員黒のスーツでお迎えしていた。