家族団欒を楽しむ日

 9月はじめ、私は中国東北地方の出張に出かけた。前半は岡村甫学長や王碩玉先生ら総勢4人だったが、後半は任向実先生との2人旅だった。 

 15日に無事帰国した私は、スーツケースの他に大きな袋を提げてヨタヨタと家に戻ってきた。僅か10日間の中国出張で娘は一体何を仕入れてきたのだろうと、母は目を白黒させている。

 翌日私はその袋をそのまま抱えて大学に行った。そして中国人留学生の侯暁虹さんに来てもらった。

「中国の旅はとてもよかったわ。貴方の大学にも行き、呉春福学長はじめ皆さんに大変お世話になりました。ところで、『月餅』を買ってきました。もうすぐ中秋節でしょ。大きくて重いから、全員に一個ずつ、四〇個は持って来られなかったけれど、皆さんで適当に分けて食べて下さい」

「わあー、思いがけない贈り物を有難うございます。みんな、とっても喜びますよ!・・・そうだわ、先生のお気持ちを汲んで、月見の会を企画しましょうか。中国留学生の会会長の張さんに相談してみます」

侯さんはその中国直送の大きな包みを抱きかかえて部屋を出て行った。

 急な話で、月見の会は実現しなかったけれど、留学生たちから矢継早にメールが届いた。

「中秋節は一番家族を想う時です。中国では、みんなで『月餅』を食べながら、月を観賞し、家族団欒を楽しむ日なのです。家族に『日本でも月餅を食べて私たちのことを思い出して下さい』と言われましたが、土佐山田では売っていないので諦めていました。先生、有難うございます!」

 実は関空でも、私は三つの宅配便を出したのだった。中身はもちろん『月餅』。

 私の大学時代の恩師で、元の職場(大学セミナーハウス)の理事長、中嶋嶺雄先生(国際教養大学学長)、同じく元上司の荻上紘一館長(大学評価・学位授与機構教授)、そして国際交流基金時代に「北京日本学研究センター」事業でお世話になった佐藤保先生(二松學舎大学理事長)宛である。これまでご指導頂いたことへの感謝の気持ちをこめて。

 荻上先生からは「『稲香村』の月餅、謝謝です。北京では何百種類も月餅があり、どれが良いのか分かりませんでしたが、北京の友人が買つてくれた素晴らしい味のものが『稲香村』だったやうに思ひます。素晴らしい味です。日本にも『中村屋』の月餅なるものがありますが、全く似て非なるものです。久々に本物の月餅を味はふことが出来ました。謝謝」とメールを頂いた。

 私が『月餅』にこだわるのにはわけがある。 多民族国家マレーシアの人口の四分の一は中国系であるが、彼らが中国正月の次に大切にしているのが「中秋節」だった。常夏の国で、「中秋」というのも妙だが、「Mid-Autumn Festival」「Moon Cake Festival」「Tanglung Festival」(灯篭祭り)などと称して祝っていた。

 その季節になると、町中に『月餅』が出回る。イスラームの国で、「中国文化」が自己主張をする時でもあるが、異文化交流が深まっている昨今ではイスラーム教徒も食べられる、豚の油脂を使わない『月餅』というのもあった。

 そのマレーシアで見慣れた風景をルーツの中国の町々で見た私は、中国文化の広がりとクリスマスだけが世界的な祭りではないことを実感したのだった。

 中秋節から1か月位たって、侯さんから里帰りのお土産をもらった。楊琴と琵琶の美しい音色のCDだった。




中国出張先では、どこでも丁重なもてなしを受けた。瀋陽工業大学の李栄徳学長と岡村学長(右から二人目、三人目)