ハチの物語(The story of a wild leopard loved by a soldier)
今日はハチのお話をしたいと思います。えっ? 渋谷のハチ公のこと? いいえ、いいえ、犬のハチではなく、「ヒョウ」のハチのお話です。
ハチの銅像除幕式
8月17日午前、終戦80年の翌々日、高知市オーテピア西敷地の広場で「ハチと兵士」の像の除幕式が行われた。猛暑の中ではあったが、青空が広がり、やや強い風で空気が浄化されたような、暑さの中にも清々さを感じる日だった。
式典は土佐女子中学高等学校コーラス部による「南国土佐を後にして」の合唱で始まった。お酒が入ったりして、手拍子でにぎやかに歌う「南国土佐・・・」が私の歌のイメージだったのだが、女子学生たちの歌声は 清らかで優しく、私はこんなに繊細で美しい「南国土佐を後にして」を聞いたことがあっただろうか、と引き込まれた。この歌は日中戦争で高知出身者を中心に編成された通称「鯨部隊」の人たちが望郷の思いで口ずさんだ「南国節」が元歌だそうだ。私は80年前の中国大陸に思いを馳せ、この歌声は時空を越えて、「兵士」たちに届いているに違いない、と目頭が熱くなった。
続いて、「ハチの像を建てる会」会長の田村千賀さん(高知リトルプレイヤーズシアター運営責任者、有名なよさこい振付師)、像の制作者大野良一さんにより銅像建立に至る経緯やこの一大プロジェクトに込められた願いなどが紹介された。
そして、像の除幕 ―白い幕が外されると兵士がヒョウのハチに優しく寄り添う像が現れた!
台座には次の紹介文があった。
ボクは猛獣のヒョウ、名はハチ。日中戦争の最中(1941年)中国湖北省の山中で生まれたばかりのボクは成岡正久さんら高知からきた鯨部隊の兵隊さん達に救われ育てられました。その後東京上野動物園に移され人気者に…。でも戦争は太平洋戦争に拡大、ボクは空襲に備え毒殺されました。はく製になったボクは戦後成岡さんの元へ。いまはオーテピアの高知みらいは科学館にいます。
また、碑文には成岡正久さんが『帰らざる青春譜』の中で残した次の言葉が記されていた。
私たちの青春時代は戦争に明け暮れた
そして勝敗が何れであろうと
戦争は人類史上最悪であり
悲劇であることも身をもって体験した
あの忌まわしい戦場へ
我が子、我が同胞を送ってはならない
市長による祝辞などのあと、最後は8月の高知らしく、上町よさこい鳴子連による元気なよさこい踊りで締めくくられた。平和への祈りが込められ、胸に熱く響く式典であった。
壮大なハチのドラマ
私はたまたま「ハチの像を建てる会」の副会長、吉岡郷継さんとのご縁で、募金や高知みらい科学館で同時開催された絵本『ヒョウのハチ』の原画展の見守りなどで少しばかりお手伝いをすることになった。そして、この奇跡的なハチの物語と、多くの人々の不思議な縁、熱い思いで紡がれた壮大なドラマを知ることになったのである。
🐆 ハチの一生 (「ハチの像を建てる会」のHPの年表に加筆)
1941年2月 | 中国湖北省の山中で生まれる(オス) 洞窟で鯨部隊の成岡正久小隊長に救出され、編成部隊の第8中隊から「ハチ」と名付けられ、可愛がられて育つ(厳しい躾も!) |
1942年5月 | 部隊に転戦命令が下り、ハチは日本へ。幸運にも東京上野動物園に引き取られる。戦意高揚にも利用され、「八紘」と呼ばれて美談に |
1943年8月 | 空襲に備え、「戦時猛獣処分」により毒殺される |
1945年8月 | 終戦 |
1949年 | 剥製になったハチ、福田三郎園長代理の計らいで成岡さんの元へ。 高知の成岡さんが経営する店で長い間一緒に暮らす |
1967年 | 成岡さん『豹と兵士』を出版 |
1977年 | NHKテレビでハチのドキュメンタリー『豹と兵士』放送 |
1981年 | 成岡さんの元を離れ、オープンした「高知市こども科学図書館」へ |
1994年 | 成岡さん死去(享年81歳) |
2005年 | 浜畑賢吉さん、ハチの剥製修復を計画。来高し、田村千賀さんらと出会う 「ハチの会」発足、募金活動 |
2009年 | 修復完成、戦場の天使・ハチの精悍な姿蘇る |
2015年 | 平和・反戦の象徴として「第7回日本動物大賞社会貢献賞」を授与される |
2018年 | オーテピアの開館に伴い、5階の「高知みらい科学館」に引っ越す |
2019年 | 高知リトルプレイヤーズシアターによるミュージカル「ハチの伝言」公演 |
2025年2月 | 「ハチの像を建てる会」発足、8月 銅像除幕式 |
🐆
吉岡さんと「ハチの像を建てる会」
ところで、今回のハチの像制作の話は吉岡さんの発案による。「みらい科学館の剥製のハチがぽつんと一頭だけで寂しそう。ハチを愛した成岡さんと一緒の像を戦後80年の節目に建て、平和の尊さを後世に伝えたい」と思い立ち、構想を温めて、今年2月に「ハチの像を建てる会」を立ち上げた。制作費等550万円を目標に募金を始め、像の除幕式に向けて活動を展開した。吉岡さん自身も彫刻家であるが、高齢のため(とご本人はおっしゃる、83歳)、大野良一さんと共同で制作することに。絵本『ハチのヒョウ』の原画展も企画し、マスコットキャラクターのバッチやTシャツなどのグッズも作ってPRに努めた。もちろん教育機関やマスコミ等への働きかけも怠らなかった。
多くの人々の協力を得て、半年という短期間に吉岡さんの「夢」は実現した。終戦80年の土佐の青空の下で。私は土佐の人々の結集力に心を打たれた。「高知田内千鶴子愛の会」の元会長でもある吉岡さんは「人生最後のシゴトです」とおっしゃっていたが、吉岡さん、「ハチの像を建てる会」のみなさん、本当におめでとうございます!
ハチの物語にはいくつもの感動的なエピソードが詰まっている。長くなるのですべてをご紹介できないのが残念です。
折しもこのコラムを書いているとき、朝ドラ『あんぱん』では、崇が『やさしいライオン』を発表した話が放映された。人間と動物の愛、そして平和への祈りがこじゃんと詰まった今年の夏だった。
🐆ハチのホームページ
https://leopard-hachi.com/
🐆ハチの書籍
・豹と兵隊 成岡正久著 1967 芙蓉書房
・還らざる青春譜 成岡正久著 1980 非売品
・戦場の天使(童話) 浜畑賢吉著 2003 角川春樹事務所
・ハチからのメッセージ 高知市子ども科学図書館編 2009
・奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山 門田隆将著 2017 小学館
・ヒョウのハチ(絵本)門田隆将作、松成真理子・絵 2018 小学館
・兵隊さんに愛されたヒョウのハチ(児童書) 祓川学著 2018 ハート出版
🐆 「ハチと兵士」の像除幕式


🐆 オーテピア「高知みらい科学館」にいる剝製のハチ


🐆 絵本『ヒョウのハチ』原画展


🐆田村千賀会長(左)と熱心な読者

🐆ハチの帽子をかぶった原画展責任者の杉本恵子さん

🐆杉本さんの熱心な説明に聞き入る子供たち
リンク:
土佐の誇りー田内千鶴子さん