立冬

      




 今年の春、『椿の庭』という映画を見た。写真家の上田義彦が監督・脚本・撮影、富司純子主演。海を望む高台の一軒家、こんもりと茂った木々に囲まれ、穏やかな静寂に包まれていた古い家が、ある時、跡形もなくなっていた・・・。映画はかつてこの家に住んでいた人々の物語を紡ぐ。台詞は最小限に抑えられ、自然の風景や人物の佇まい、仕草が丁寧に描かれていた。

 何度か流れる懐かしい「Try to remember」という曲とともに、「思い出は場所や物に宿る」という台詞が心に残った。

 私は昨年3月にこのホームページを立ち上げ、今は「家族のレシピ」というコラムに思い出を綴っているが、祖父母の時代の「場所」に住んでいるという今の環境が、私に過去を思い出す作業を容易にしてくれているのかもしれない。

 今の場所は父方の祖父母が移り住んだところであり、建物は1982年に父母が退職・帰郷した折に建て替えたものである。 2015年に私が二度目の帰郷をし、両親が残してくれた家に弟夫婦と住むことになった。キッチンは私が譲り受け、隣に私の寝室とバストイレを増築し、二世帯で暮らせるように改築した。

 每日、母のキッチンで、母が使っていた道具や食器を使って暮らしている。一つ一つに思い出があり、物語がある。もし私が高知に帰らず、東京に小さなマンションでも買って都会の暮らしをしていたら、私の老後は違ったものになっていただろう。母のレシピを今のように一生懸命「研究」したり、両親や家族、祖父母のことをこれほどまでに懐かしく想ったりしなかったかもしれない。今の環境(場所)が私をルーツへ、ルーツへといざなっているように思う。

 振り返ってみると私はジプシーのような人生を送ってきた。 数えれば引越を30回ぐらいしている。現役を終えるまで生活は落ち着かなかった。無駄も沢山あっただろう。しかし、その一方で環境の変化が、私の生活を活性化させてくれ、人生を豊かなものにしてくれたのも確かだ。

 家を持つことに無頓着で(マレーシアに一時期マンションを持ったが)、ずっとジプシー暮らしをしてきた私が、最後は祖父母や両親より「家」を授かり、安住の場を得たことは不思議で、誠に有難いことだと言わざるをえない。

 夏の終わりに前庭の剪定をした。おじいちゃんの桜は今も健在だ。今年はじめには大枚を叩き、思い切って40年経った屋根の瓦を吹き替えた。

 「私が生きている限り、この『家』を守ります」

月二回、榊を取り替えて神棚に誓っている私である。



◆1982年に両親が祖父母の家を建て替えた

◆前庭の剪定をする

◆祖父の桜は健在です!

◆中庭が我が家の自慢です!


◆今年40年ぶりに屋根の吹き替えをした

◆縁側で日向ぼっこをしながら語り合う父と娘

◆母はここでよくティーパーティーを開いた

◆父のために母が特注した机。引き出しは書類のサイズに合わせてある(当時はB5)。

◆母が設計した戸棚(扉がついている)。お皿は2,3枚しか重ねない。