Think Asia への寄稿も今回が最後となった。今回は個別の話ではなく、アジア地域に起こりつつある急速な国際化の動き、そして、日本周辺国の環境の変化に対するスピーディーな対応ぶりについて、国際教育交流の場で体験したことを報告したい。
 
中国の大学の創立記念式典

 今年初めまで勤務していた高知工科大学は開学16年という若い大学であるが、当初より中国との交流が深く、13校と交流協定を締結している。2011年には3つの大学の創立記念式典に招かれた。ハルビン師範大学の創立60周年、黒龍江大学の創立70周年及び厦門理工学院創立30周年記念式典である。何れも数万人の学生を有する大学で、記念行事の規模の大きさ、祝賀会の熱気には圧倒された。中国は歴史を大切にする国柄であること、また、このような節目の行事に海外からも多くの友人を招待し、丁重に遇する姿から、中国流の国際性とホスピタリティーを強く感じた。

 2011年5月に出席したハルビン師範大学の式典では、その地理上の特徴が印象的だった。海外からは日本、韓国、ロシア、ベトナム、ポーランド、オーストラリアの6か国より20数名が参加していたが、同大学の国際交流部には、英語の他、日本語、韓国語、ロシア語のできる職員がいて、グループごとにアテンドしてくれた。二重通訳の場面もあり、会場では多言語でコミュニケーションがとられていた。ロシアのある大学の学長と名刺交換をした時はハッとした。表はロシア語、裏は中国語で、英語がない! 国際共通語=英語でない世界もあるのかと目から鱗だった。全国一律でない国際交流戦略の下、国際化が進化していることに中国の強さを知った。

韓国KAIE年次大会

 昨年に引続き、今年も韓国国際教育者協会(KAIE)の年次大会にオブザーバーとして出席した。KAIEは会員校約100校で構成される韓国の大学の国際交流実務者の組織で、日本のJAFSA(国際教育交流協議会)の経験から学び、15年前に設立された。年次大会には国内の会員校からのみならず、海外からも招待者を招き、年々国際性を高めている。2012年は日本のJAFSAと台湾のFICHET(高等教育国際合作基金)から10数人が招待されたが、今年は加えて米国(後述するNAFSAのCOEら)、中国、インド、マレーシア等からの参加もあった。

 大会は基本的には韓国語で行われたものの、英語での基調講演があったり、分科会では会員が横に座って通訳をしてくれるなど、海外からの参加者にも細やかな配慮がなされていた。会場は5つ星のホテル、食事も豊富でおいしく、3日間の開催中、参加者がリラックスして楽しくネットワークづくりができるような工夫が随所でなされていた。その見事な会の運営ぶりに日本からの参加者はJAFSAの兄弟組織への喝采とともに日本はこのままでは「アジアの国際化」から取り残されてしまうのではないかという焦燥感抱えて帰国した。

 このような、KAIEの発展ぶりの背景には、一つにはLee Seunghwan会長(李承〇、嶺南大学校)のリーダーシップがある。英語はパーフェクト、実行力とホスピタリティー溢れる40代後半の会長であるが、日本の高等教育事情にも詳しく、交流の基本は人と人の「信頼関係」であるとの強い信念を持っている。信頼関係構築にはノミ(飲)ニケーションも一役かっている。2012年の大会で初めて出会った時はマッコリで、同氏が8か月後、副学長を連れて高知を訪ねてくれた時は日本酒で友情を醸成させた。その後の交流協定締結の具体的な手続きはトントン拍子に進んだことは言うまでもない。

香港APAIE年次大会

 APAIE(アジア太平洋国際教育協議会)はNAFSA(米国を拠点とした国際教育交流団体)やEAIE(欧州を中心とした団体)とは別に「アジア太平洋の視点で」情報・意見交換をおこなう場として2004年に早稲田大学を含む13大学により結成された。

 毎年各国持ち回りで大会が開催されるが、今年は「興隆するアジア太平洋――21世紀の国際教育交流」と題して香港中文大学が主催した。会場はAsia World Expo, 前回のバンコク大会を上回る1000人以上の参加があった。特に域外からの参加者の増加が目立ち(印象では半分)、正に「East meets West」の感があった。テーマが示す通り、アジア太平洋の興隆が世界の地殻変動を起こしており、欧米がこの地域に強い関心を持ち始めた表れだと感じた。

 主催者の香港中文大学はこの国際イベントを創立50周年記念事業として位置付け、Gordon Cheung(張偉雄)教授(APAIE会長)のリーダーシップの下、見事にやり遂げた。昨年の主催者であったタイのマヒドン大学についても同様の印象を持ったが、企画が素晴らしく、当日の進行もスムースで、更にはAsian Hospitalityに溢れているのが心地よかった。ここでもまた、「今の日本ではとてもこのようにはやれないだろう」と日本からの仲間と溜息をついたことだった。

アジアらしい国際化をめざして

 世界中で国際化が急速に進む中、アジアの他の国々の人たちは英語が達者である。日本人は、まず国際共通語としてここまで普及した英語をコミュニケーションの手段として身に着けなければならない。しかし、英語ができれば十分という時代も既に終わっている。これからの時代はアジアと更に深く交流する時代であるが、英語の使用は当然、その上で中国語や韓国語などが出来ることが求められる。

 国際交流の現場で常々考えていることの一つは、英語と並んで、漢字文化圏に生きる者には、「漢字」という素晴らしいコミュニケーションのツールがあるということだ。

 先日、恩師中嶋嶺雄先生(前国際教養大学理事長・学長)のお別れ会に出席した。慰霊の前に李登輝元総統からの弔辞「知音益友(西元二〇一三早春)」と書かれた揮毫が飾られていた。これは、中国語でも日本語でもない、漢字という教養を身に着けた者にとっての国際共通語である! 私はこの四文字に託された、お二人の間の交流、信頼関係に思いを馳せ、感慨を深くした。今後のアジアの交流には漢字文化の活用について、もっと知恵を出してもいいのではないだろうか。

 今、求められているローバル人材とは何か。グローバル人材の意味をより掘り下げて考えるべきではないか。欧米の模倣だけではなく、アジアには「アジアらしい」国際化、交流のやり方があるのではないか。そして、そのアジアの遺産・叡智に対し、域外からの関心も高まっていることを自覚すべきである。Think Asia の旅はこれからもつづく。


李登輝元総統と交遊のあった中嶋嶺雄理事長(右)、大学セミナーハウスで小和田亙元国際司法裁判所判事を見送る。