相互理解の第一歩

 皆さんは横文字で名前を書く時、姓・名としますか。それとも名・姓の順にしますか。「それゃ、英語じゃもん、名が先、姓が後に決まっちゅうじゃいか」という方、ちょっとお待ち下さい、という話を今日はしたいと思います。

 高知工科大学の国際交流センター長として着任して、まず心掛けたことは留学生50数名の名前と顔を覚えることだった。ところがこの名前が厄介なのである。世界には色々な文化があって、名前一つとっても一様ではない。

 残念ながらわが校にはマレーシアからの留学生は一人もいないが、まずマレーシアの人口の半分以上を占めるマレー系の場合をご紹介しよう。

 マレー人は名字・姓がない。自分の名前の後に父親の名前を書くのだ。例えば友人ハッサン・ビン・ブヨンという人の名前は、「ハッサン」 が個人の名前で、「ブヨン」 が父親の名であり、「ブヨン『の息子』(ビン)のハッサン」という意味である。

 娘の場合は「ビン」の代わりに「ビンティ」を使う。太郎さんの娘の花子さんは「花子ビンティ太郎」というように。

 日本に来たマレー人女性が父親の名前を姓と間違えられ、男性の名で呼ばれて困惑するという話をよく聞く。

 笑い話で済む時はいいが、予約の時やマレーシアに持ち帰る証明書等重要な書類の記述の場合は気をつけなければ一大事になることもある。「Hanako binti Taro」のファーストネームを省略したつもりで「H.Taro」などと書くと、もう誰だかわからなくなってしまうからだ。

 因みにサダム・フセイン元大統領は正しくはサダム元大統領であり(マレーシアの新聞ではそのように記載されていた)、フセインは父親なのである。

 さて、中国人の名前について見てみよう。

 日本人と同じく姓・名の順である。表記は漢字と拼音字母(ローマ字)がある。外国に行ってもその発音通りに呼ばれるが、日本に来ると「もう一つ」の呼び名が出て来る。漢字の日本語読みである。

 高知工科大学には二人の中国人教員がいるが、その呼び方が興味深い。王碩玉先生は「ワン」先生ではなく、「おう」先生であり、任向実先生は「にん」先生ではなく「レン」先生、なのである。

 中国人のローマ字書き名刺は日本人と同じく、姓と名の順序がまちまちである。中国出張でもらった約百枚の名刺を見ると「姓・名」と「名・姓」が半々ぐらいだった。

 日本では1992年頃、旅券の表記方法が「名・姓」から「姓・名」方式に変わったが、その前後、日本人の姓名をローマ字表記する場合の順序に関し、論争があったようだ。

 加藤淳平氏は『文化の戦略―明日の文化交流に向けて』(中公新書)の中で、この論争に一章を割いて、これまでの「名・姓」方式は欧米中心主義の追従であり、日本人の名前はそのまま「姓・名」の順序で表記すべきだという文化相対主義を説いているが、皆さんはどう考えられるだろう。

 私は加藤氏の立場をとるが、最低名字を大文字にすることで混乱が避けられると思っている。

 名前をどう表記するかということは、小さいことのようで、実は国際交流を進めていく上で基本姿勢を問う、重要な問題なのかもしれない。 

 また、逆に「相互理解」「相互交流」の第一歩は相手の名前を正しく呼べるようになることから、と言えるかもしれない。

今日の話はちとややこしゅうて失礼しました。




 ハリラヤ(断食明け大祭)にハッサンさん宅に呼ばれて。(後列右端がハッサン・ビン・ブヨン、その左隣が長女のヌリアザ・ビンティ・ハッサン)