1998年3月、マレーシア国民大学のマレー文明研究所所長(当時)のモハマッド・ハジ・サレー氏から、「今度、東南アジアの詩人たちと白石かずこさんが集まって『連歌の会』を開くんだが、手伝ってもらえないか」との依頼を受けた。

 「通訳はとても無理」と辞退したのだが、「なあに、大したことじゃない。白石さんは英語を話されるが、一人では不安なので、誰かそばにいてほしいとおっしゃっているんだ。大きな辞書を持って参加してくれればいいんだよ」とのこと。同僚だったタイバ先生にも「面白そうじゃない!是非、チャレンジなさいよ」と煽てられて引き受けてしまった。

 参加者は日本から詩人の白石かずこ氏、マレーシアからモハマッド・ハジ・サレー氏(国民文学賞受賞者)、バハ・ゼイン氏(詩人)、シティ・ザイノン・イスマイル氏(女性詩人)、インドネシアからトーフィク・イスマイル氏(詩人、著名な文化人)、そして私の6人だった。

 3月23日朝、国民大学に集合した私たちは2台の車でマラッカまで行き、そこから船に乗ってブサール島へ渡った。島全体がリゾートになっていて、私たちはブーゲンビリヤや熱帯の珍しい植物の中に点在するバンガローに泊まり、メイン・ビルディングの会議場で3日にわたって「歌会」を行った。

 まず、白石さんによる連歌や連句の説明、続いて季語の検討や風土の比較。和歌や俳句についての予備知識を交換した後、今回の歌会ではマレーシアに伝わる伝統詩形パントン(Pantun。4行詩で1行と3行、2行と4行が各々韻を踏む。前2行は語呂合わせ、後ろ2行にメッセージが織り込まれる)のリズムに従って、5・7・5、7・7を3行、2行で詠むことになった。「俳句」の精神とマレー語の「パントン」のリズムを結合した「連トン」の誕生である。

 誰かが母語で句を読むと、それをモハマッド氏らが英訳、更にそれを第3の言語にというように、日本語、マレー語、英語の3カ国語同時翻訳、同時制作のかたちで会は進行した。参加者たちの英語力は素晴らしかった。

 モハマッド氏は日本文学専門家ではないが、アメリカ留学時にサイデンステッカー教授のもとで『源氏物語』も読んだという日本文学通。京都訪問の折りには紫式部のお墓を探してお参りしたほど。芭蕉の句もよくご存知で白石さんも驚いておられた。

 白石さんとは30年前のハワイ大学イースト・ウェスト・センターでの環太平洋詩人会議以来の旧友で、きわどい冗談も言い合えるほどの仲だった。このお二人のご縁でこの企画は生まれ、また会そのものも和やかに進行していった。

 朝夕、海風にあたっての散策、美味しい食事をいただきながらの楽しいアーチストたちの語らい、文字どおりリッチな休日だった。

 新春、「百人一首」や「歌会始」に触れて、この2年前の「連トン」の会を思い出した。今日はマレーシアを含むヌサンタラの風土を謳いあげた連トン「陽はすべる」の巻をお楽しみいただきたい。

           「陽はすべる」の巻

【起】 陽はすべるココナツの木に
     歌は波に 午後のコトバは
      戸口にたちぬ   (モハマッド)  
  
    Mentari menyusur nyiur
    Nyanyian menggulung alun
    Di ambang bahasa petang

    The sun slithers under the coconut
    Songs curl the waves
    On the threshold of an afternoon dialect 

    日照りつづき 雷鳴聞こえね耳に鳴りひびく
     苦しみの涙は石山となる  (トーフィク)

    黄昏に鷲舞えば水、
     土手にあふれ
      季節のとばりはひらかれぬ  (バハ)

    遠くの海にふりしきる雨嵐よ
     舟よ戻れ 主がなくても  (シティ)

【承】 マラッカの精霊いずこと月にとえば
     魚も鳥も
      ふかぶかと眠り  (かずこ)

    葉かげから木*は答えた     *木の名はマラッカ
     それは私の種の中、マラッカのソール  (モハマッド)

    象は千個のドリアンをのみこんだ
     レーニング・シーズン大声上げてウバハバハと笑った
      で、誰が大地をこんなに深く掘ったのか   (トーフィク)

    マングローブの根たち泥をとびちらし
     さかさに空へと溺れる   (バハ)

    そよそよと風吹き乾ききった日
     ラランは丘までもえさかり わたしは飲む
      あなたの欲望を こがれる恋の盃から  (バハ)

    花ひらくパンダンの香りのように
     恋の器は永遠にしまわれて   (シティ)

【転】 時間(とき)にとまる つかの間の蝶、恋、友よ
     明日の影は知ることもなく
      笑い、手をふれば   (かずこ)

    明日になにがおきようと
     今日は咲かせよう永遠という夢を   (モハマッド)

    最初、魂はやさしいささやき、だが生きるほどに
     悩みは大きく嵐になる ときにわれら毎日静かに
      深く祈りつづけるのだ まだ生命があるかのように
       白い経帷子がからだを包むまで   (トーフィク)

    夜明けの香り虹にかかり 生命の讃美歌(うた)が
     わたしたちをあちらへとおくる   (シティ)

【結】  村で逢った美しいひとよ           *Good Widow
     花なら花瓶にいれるのに           という名の花
      もしや、あなたの名はGood Widow*?では   (かずこ)

    装飾的なまゆと眼
     長い髪はカールしてあり   (シティ)

    地平線に傾く島はイカダのよう
     空はアイロニックな微笑浮かべ、さてジェットラグ 
      のせいかな、このすばらしいできごとは!   (モハマッド)

    夜が闇をひとり占めするわけにいかない
     おー、自然が夜と昼を織りなすこのふしぎ その意味するものよ  (バハ)    

    百の猿たち胡弓をひけば
     森うたい、山踊り、陽は一日じゅう
      タップタップとはねまわる   (トーフィック)

    ヌサンタラ*の芭蕉たち礼をいえば   *マレー群島、マレー世界
     天祝福の雨をふらせる 詩人たちに   (かずこ)
 前回のコラム「2000年元旦のバリック・カンポン」