今日1999年11月29日はマレーシア第10回総選挙の日である。平和なマレーシアの命運を国民一人一人が選ぶ、5年に一度の大切な日である。マレーシア人でなくとも、厳粛な思いにならざるを得ない。
 11月11日に議会が解散され、翌日投票日が29日に決定した。18日には投票日の29日(月)が休日となる旨の政府発表があり、出身地で投票する者が連休を利用して帰省できるよう便宜が図られた。

 総選挙は下院議員(193議席)と半島部の州議員(393議席)を選出するもので、今回の有権者数は956万人(21歳以上)、1万7722カ所の投票所で実施される。

 投票時間は半島部の西マレーシアが8時から5時半まで、東マレーシアは7時半から5時まで。今朝のニュー・ストレーツ・タイムスにラットさんのユーモラスな漫画が載っていた。朝のうちはテレビの「早く投票に行きましょう」とのアナウンスもどこ吹く風とばかり、のんびり構えていたオヤジさんが、午後になって慌てて投票に行ったところ、投票所は大洪水でお腹まで水に浸かって投票するというもの。雨季のマレーシアでは笑いごととも言えない。

 1995年4月24、25日に行われた前回の総選挙では与党連合・国民戦線(BN)が、64%という史上最高の得票率(議席保有率は84%)を獲得し、圧勝した。

 今回はそれほど単純ではない。アンワル事件が国民(特にマレー系)を分断してしまった感があるからだ。その意味で、1998年9月のアンワル前副首相解任及びその後の一連の事件は、マレーシアにとって大きな政治的悲劇・試練であったと言える(まだ、過去形で語るわけにはいかないが)。

 さて、今回の総選挙は統一マレー国民組織(UMNO)を中核として、マレーシア華人協会(MCA)、マレシーア・インド人会議(MIC)など10余りの党で構成される与党連合・国民戦線(BN)が、マハティール政権への批判で結集した野党連合・代替戦線(BA)からの挑戦を受ける一騎打ちの選挙戦となった。

 与党BNは若干の変遷はあったものの、独立以来政権党の座を保持し、多民族国家社会の安定と繁栄を支えてきた、とその成功を強調している。それに対し、野党連合BAは、イスラーム国家の樹立をめざす汎マレーシア・イスラーム党(PAS)、華人に対するより多くの平等を求める民主行動党(DAP)、アンワル前副首相夫人ワン・アジザ女史が率いる国民正義党(Keadilan)など4野党が連帯して、与党BN支配を打倒し、政治腐敗から決別することを訴えている。

 与党BNが過半数を取るのは確実との見方が強いが、安定多数の三分の二を確保できるかどうかが注目されており、逆に野党連合BAはどこまで与党BNの議席を切り崩せるかが試されている。

 今回は経済危機への対処とアンワル事件について,マハティール政権が民意を問う選挙でもあるが、アンワル事件については特にマレー系が大きく分かれて、感情に訴えた憎悪合戦のような様相を呈しているのは残念である。ただでさえ弱いマレー系が分裂すれば、国家的危機に発展しかねない。団結してこそ政治的特権を保持しながら、他民族とのバランスもとっていけるのだ。

 今朝の中国紙の一面トップは「勝利祝賀デモ禁止」というものだった。四半世紀も前に書いた『複合民族国家の苦悩と試練ーマレーシアの5・13事件をめぐって』と題する大学の卒論を思い出した。5・13事件とは1969年の第3回総選挙の直後に起きた人種暴動のことである。この平和なマレーシアにも30年前、そのような恐ろしいことが発生したことがあるのだ。

 国民戦線のロゴは「秤」であるが、この国の平和と安定は、政治が民族間の微妙なバランスをうまくとる一方で、各民族が要求過多に走らず、忍耐・我慢を厭わないことで成り立っている。政治的なバランスが崩れた時、この国の命運がどうなるかは決して油断はできない。

 何れにしてもあと数時間で結果が出始める。マレーシア人以上に緊張して見守っている私である。  すべてが無事に終わり、結果がどうであれ、全国民がその結果を真摯に受け止めて、デモクラシーがマレーシアで立派に機能することを世界に示してほしいと祈っている。