その夜、私は高知の実家にいた。確か、夜11時ごろだったと思う。キッチンの電話が鳴った。母はもう寝ていたので、私が受話器を取った。東京に住む義妹の貴世子さんからだった。
 「お姉様、今、武澄さんから電話があって、ニューヨークのツイン・タワービルに飛行機が激突したんですって! 早くテレビを…」

 「えっ? ツイン・タワービル? マレーシアの?」

 「いいえ、ニューヨークの・・・ 世界貿易ビルです・・・。 早く・・・」

私は電話を切って、急いでテレビのスイッチを入れた。

 あまりにも衝撃的で、その時最初に見た映像がどのようなものだったかも忘れたが、それからというもの、私は寝ても覚めても米国で起きた未曾有の同時多発テロ事件の悪夢にうなされ続けている。

 日本では主にテレビと高知新聞を通じて事件の全貌や背景、各国の対応ぶりなどを知った。しかし、聞けば聞くほど、読めば読むほど、問題の根は深く、また今後の世界秩序に与える影響が甚大で、安易に「自分の考え」など述べられなくなってしまった。

 そんな中でいつも頭の隅にあったのは、マレーシアではどのような映像や情報が流れているのだろうか、私たちは果たして情報を共有しているのだろうかということだった。そして、マレーシア政府や国民は、私たちと同じ情報、もしくは多少異なる情報を元に、どのような反応をしているのだろうか、と考えた。

 今回の事件で、私が一番心配しているのはイスラーム諸国がどのような反応を示すかという点である。12億の人口を有するこれらの国々の出方が、今後世界が「文明の衝突」に突入するか否かの重要な鍵を握っているように思えてならない。米国や英国の「正義」は西洋先進世界では説明を要しない。しかし、この「正義」が地球のどこまで通用するか・・・。

 マレーシアのマハティール首相はどう言っているのだろう。マレーシアがイスラーム国家のモデルとなることを目指し、最近は途上国支援目的の「世界税」の提唱など、世界秩序に対する独自のビジョンを持つアジアのリーダーの声が聞きたかった。

 マレーシアはテロとの闘いの長い歴史を持つし(古くは共産党ゲリラ、最近では、イブラヒム・リビヤ、アルマウナ、KMM[マレーシア・ムジャヒディン組織、マレーシア聖戦戦士組織]など)、数年前には外因によってもたらされ、国中が恐怖に慄いた経済危機の辛酸も舐めている。欧米先進国とはまた違った叡智があるかもしれない。

 しかし、超大国アメリカに意見することは容易なことではないし、「同胞意識」が極めて強いイスラーム諸国との関係(特に民衆の心情)にも十分配慮する必要がある。 ・・・うぅ ― む。

 9月末にクアラルンプールに戻って来た。今、留守中の新聞に目を通している。まだそれらを分析し、自分なりの意見を持つに至っていないが、取り敢えず「今回の問題をマレーシアではどう捉えていますか」という日本の皆さんの質問に対する一つの答えとして、最近の新聞記事を以下に要約してお届けしたい。

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軍事行動は解決方法ではない
  -マハティール首相、繰り返しテロ対策国際会議の開催を呼びかける
  (2001年9月29日、New Straits Times)

 マハティール首相は、UMNO最高評議会の後、記者のインタビューに答えて、「マレーシアはあらゆる暴力に対し反対の立場を取るので、米国の反テロ作戦の努力を支持する。しかし、テロリストの追撃のために、他国を攻撃することには反対である」として次のように述べた。

 「マレーシアはいかなる国とのいかなる戦争にも加わるつもりはない。戦争は決して問題の正しい解決方法ではないからだ。マレーシアはテロを支援した国を罰するという名目で行われる戦争には反対せざるを得ないだろう」

 「たとえアフガニスタンが欧米諸国によって占領されても、暴力(テロ)殲滅の保証は得られないだろう。テロリストは他の所からやって来るかもしれない。米国における同時多発テロに関与した人たちは、すべてアフガニスタンに住んでいるわけではないのだ。私たちがやらなければならないことは、彼らをニューヨークとワシントンへの襲撃へと駆り立てた理由を根絶させることである」

 「マレーシアがアフガニスタン攻撃に反対する理由は、罪のない民衆が犠牲になる可能性があるからだ。同国は、オサマを引き渡すべしという米国の要求を拒絶したタリバンによって支配されているが、多くのアフガン人はタリバンを支持していないかもしれない。しかし、彼らはそこに住んでいるから、タリバンが決めたことに従わなければならないのだ」

 「マレーシアはタリバン政権とオサマがイスラームの名の下で暴力に訴えていることに、不快・不安を抱いている」

 マハティール首相はまた、9月14日以来主張しているテロ対策に関する緊急国際会議の開催を重ねて訴えた。

 「国連が召集して、すべての国が参加することが望ましいが、欧米諸国とイスラーム国家が数カ国ずつ集まっても、テロ撲滅への第一歩となろう。私は既に書面で英国のブレア首相にマレーシアの立場を説明し、世界各地のマレーシア大使にも趣旨を徹底させている。ブレア首相には、テロリストを激怒させているいくつかの問題の解決を訴え、パレスチナへ監視団を送ることを提案した」

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 なお、同首相は、9月14日にクアラルンプールの米国大使館を弔問に訪れているが、10月2日の New Straits Times は「ブッシュ、マハティールに感謝の電話」と題して、米国の反テロ作戦の努力をマレーシアが支持していることに対し、ブッシュ大統領より謝意を伝える電話があったことを報じた。両首脳は今月20日、21日に上海で開催されるAPEC会議で更なる意見交換を約束したと言う。