先週末、私はついにダウンしてしまった。暑さと少々ややこしい問題にぶつかって疲れたのと更年期障害(?)が重なって、私の体は・・・?X!*?・・・。体が火照る、だるい、関節が痛い、胸がムカムカする・・・。体を横たえても、暑くて眠れない。30分おきに起き上がっては水をがぶがぶ飲み、またベッドの上で「苦しい!」とのた打ち回る。あんな体の不快さを味わったのは何年ぶりのことだろう。一体、あれは何病だったのだろう。
 このところクアラルンプールは猛暑が続いている。日本の心地よい「春」は、クアラルンプールでは「乾季」即ち「酷暑」である。地球規模で温暖化が進み、世界的に気候が不順になってきて、乾季でも毎日雨が降ったり、先日もクアラルンプール市内で30年ぶりに大洪水が発生して大騒ぎになったりもしたが、今が乾季、猛暑の季節であることに変わりはない。

 日本へ帰ると、「マレーシアの暑さはどうですか」とよく聞かれる。国際交流基金にいた頃は「暑いことは暑いですが、一日中冷房のよく効いたオフィスにいますし、通勤や出かける時は運転手付の車、夜、家に戻る頃は気持ちのいい風が吹いていますので、東京の夏よりずっと凌ぎやすいです」などと涼しげに答えていたものだ。

 ところが、二度目に国際交流基金を辞めて一個人としてマレーシアに戻って来た時は違っていた。

 その年の4月から5月にかけて、私はマラヤ大学のマレー語集中講義を受講した。教室には冷房が入っていたものの、広いキャンパス内の徒歩による移動、屋外食堂での飲食、炎天下でのタクシー待ちなど、生活環境が激変して(私はその頃まだ車の運転が出来なかった)、「暑さ」が身にこたえた。おまけに二十数年ぶりに学生に戻って、若者と一緒に語学の勉強、ということも体温を上げる一因になっていたのかもしれない。

 マラヤ大学には日本人留学生も二十人位いて、寮では水のシャワー、手で洗濯、そして時々停電や断水に悩まされながらも、みな飄々とやっていたので、「いゃー、日本の若者も見かけによらず逞しいなあ」と感心していたのだが、1ヵ月を過ぎた頃になると、ひどい下痢をしたり、デング熱にかかって入院する者も出てきた。デング熱は、初期の症状は風邪に似ているが、死亡することもあるので油断は出来ない。汚水や溜り水に湧く蚊が媒介するウィルス性の伝染病で、その年はクアラルンプールでかなり流行っていた。

 デング熱にかかったある女子学生が医療費の捻出に悩んでいると、別の女子学生が「あんた、何考えているのよ。ここは日本と違うのよ。マレーシアなんだよ!保険にも入らないでやってくるなんて、考えが甘いんじゃない?」と叱咤していたのが印象的だった。

 そして、海外旅行傷害保険にも入らず、マレーシアに戻って来た自分は何と呑気なのだろうと思った。

 翌年も同じ頃、また集中講義を受けた。その年もやはり猛暑だった。何十年ぶりかに汗疹に悩まされ、毎日宿題と格闘していた私は、遂に家の冷房のスイッチを入れてしまった・・・。それまでは、「昔とは身分が違うのだから贅沢はままならぬ!」とやせ我慢していたのに。ぶるっぶるっという音と共に吹き出てきたひんやりした風!「うわぁ、これは快適だわ!」 私は一方で文明の利器に感激するとともに、他方で「やっぱりマレーシアの庶民にはなれないのか・・・」と惨めな敗北感を味わったものだ。

 同じマレーシアでも、「暑さ」は経済状況や生活環境によって全く異なるのだ。「暑さ」は万人に平等ではない。

 もう一つ、年齢ということがある。これについては一つの失敗談がある。

 1996年1月、国際交流基金クアラルンプール日本語センターはオープニング事業の一環として大規模な「日本語セミナー」を実施した。会場は、やはりオープンしたばかりのニッコウ・ホテル。講師に日本より大御所の水谷信子先生、平田悦朗先生をお迎えし、全国から約200人のマレーシア人、日本人の日本語教師が集まって、セミナーは成功裡に終わった。

 ところがその後がいけなかった。所長と私が両先生を慰労のためにランカウィ島にご案内したのだが、却ってご迷惑をおかけしてしまった。先生方はその時は、楽しそうにして下さっていたものの、次の巡回地に到着するや否や、水谷先生が体調不調を訴えられて入院、大騒ぎとなってしまったのだ。考えてみれば、厳冬の日本から熱帯のマレーシアへ、クアラルンプールでは効きすぎる冷房の中に缶詰めとなり、その後は南海の日差しと熱風に晒され・・・。日本でもご多忙の先生には、気温の激変がお疲れに輪を掛けたのだろう。

 私はそれまで日本から随分多くの来訪者を受け入れてきていたが、熱帯の国では日程案を作成するに当り、年齢も十分に考慮するべきだと痛感した。

 ここ数年、私は家(コンドミニアムの20階)ではクーラーを使わずに暮らしている。大学では、教室や研究室に冷房が入っているが、廊下は吹き抜けなので、やはり暑い。

 マレーシアで健康上一番大切なことは水分をよく取ることである。庶民はみな1リットルか0.5リットルのペットボトルに煮沸した水を詰めて持ち歩いている。ちょうど日本人が鞄やバックに本を入れて持ち歩いているように。