随分長い間コラムの更新が滞ってしまった。にもかかわらずアクセスを続けて下さった方々、本当にありがとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 さて、この1ヵ月間、マレーシアでは絶え間なくお祭り、お祝いが続いている。それは、日本のように国民が一斉に「大晦日」で「けじめ」をつけ、国中が新たな気分で「新年」を迎えるのとはちょっと違っている。各民族がそれぞれに、より厳密に言えば各個人がそれぞれに、自分の歳月に「節目」を設けて生きているという感じだ。まさに個人主義、自由主義が実践されている社会と言えよう。

 今回はこのマレーシアのフェスティバル・シーズン中、私の身の周りで起きた小さな出来事をオムニバスでお届けしたい。

 11月(昨年の話です)に入ると、ラマダーンを前にムスリムの人たちの顔が輝いてくる、と言えば少し大袈裟かもしれないが、マレー系を中心に何やら「期待感」が高まってくる。「時」が澄み、「精神」が引き締まって、心の秋、冬の到来である。

 11月27日、ラマダーン突入。巷では「Selamat berpuasa!」(断食おめでとう、断食頑張ってね!)の言葉が飛び交う。そんなある日の夕方、インド系の講師とすれ違った。「もう授業は終わったんですか」と尋ねると、「そうなの。ムスリムの子たち、可哀想じゃない。最初の数日はとても大変なのよ。断食明け(1日の)の準備が出来るように早く帰してやらないとね。毎年私はそうしているのよ」

 数日後、中国系でムスリムの学部長よりお達しのEメールが届いた。曰く「ラマダーンの間、5時から7時までのクラスは6時半で終わるように」と。

 11月に12月の日本語副専攻の論文中間発表会を計画した。「長くなるから、途中でティー・ブレイクを入れようかと思うんだけど・・・」と同僚に相談を持ちかけると、「・・・でも、伴先生、そのころ私たちはプアサ(断食)ですよ! ムスリムじゃない人たちだけ飲んでもいいですけど・・・」という返事が返ってきた。私は「しまった・・・」と自分を情けなく思った。これほど断食にシンパシーを持っていてもなお、うっかりしてしまうということがあるのだ。

 私自身は今年、残念ながら断食が出来なかった。しかし、時々早起きすると、近くに新しくできたクアラルンプール・モスクからスピーカーを通して、アザーンがはっきり聞こえてきた。5時半頃、ひんやりした空気に乗って届くその声は不思議な力を持っていた。声に惹かれて窓から顔を出すと、こんもりした森の向こうに、未知の国のお城のようなモスクが暗闇の中にぽっかり浮かび上がっている。ラマダーンの間はライトアップの時間も長いようだ。

「声」と「建造物」が持つ求心力。イスラームの秘密とはこんなところにもあるのかもしれない。

 ラマダーンが始まって間もなく、新婚で妊娠中の同僚、ロスワティさんが2週間の休みを取って、メッカへの小巡礼(ウムラ)に出かけて行った。

 なぜ「いま」なのかを聞くと、「私は8人兄弟だけれど、私だけがまだメッカへ行っていないの。もう何年も行きたいと思っていたのだけれど、前の職場(マレーシア工科大学日本留学予備教育センター)では忙しくて休みが取れなかった・・・。だから、今年はどうしても、行きたいと思ったの。ラマダーンの時期に行く人、多いんですよ。主人は忙しいので(日系企業勤務)、両親と行くのよ。 費用は一人4千リンギットぐらい(10万円強)かな」との答え。

 2週間後に戻ってきた彼女から、思いがけずお土産をもらった。どこかの会社の名前が印刷された封筒の包みと小さなタッパーだった。開けてみると、一方にポケットに入る小さな時計、もう一方に聖地のドライ・フルーツが入っていた。

 時計の表と裏にはメッカとメジナの絵柄がついていた。「・・・これ、サウジアラビアのじゃなくて、中国製ですけどね・・・」と彼女は悪戯っぽく笑う。

 「こちらはムハンマドさん(預言者マホメット)が植えたクルマ(ナツメヤシ)!」 その他、無花果、杏子、干し葡萄、ピスタチオ、アーモンドなどが数粒ずつ入っていた。さりげなくて、いかにもムスリムらしいお土産に胸が熱くなった。

 2000年はハリラヤ・プアサ(断食明け)が2回あった。1月8日と12月27日である。2回目のハリラヤ・プアサを休日とするべきかどうか、一悶着あった会社もあったようだ。

 12月の南国の夜は、ハリラヤのクトゥパット(椰子の若葉で編んだ包みにもち米を入れて炊いた、粽の一種。お正月のお餅にあたるもの)を象ったイルミネーションとクリスマス・ライトが美しかった。それは夜が無言で、私たちに「宗教共存」の尊さを教えてくれているかのようだった。(つづく)

参考:
マレーシアのラマダーンの1カ月
今年もまたラマダーンがやってきた
アリフィン・ベイ先生のメッカ巡礼
「平和なマレーシア」という愛唱歌を持つ国家
ハッサン家のオープン・ハウス