小暑

共同通信記者に戦時中の写真の説明をするラザク先生


 広島で被爆したマレーシアの元南方特別留学生、ラザク先生のご講演での絞り出すような切ない声がこだまする・・・水、水・・・み…ず…をください‼

 6月末、私よりも若く、今も現役でご活躍中の藤嵜政子さん(『みんなの日本語』のスリーエーネットワーク社長)よりメールが届いた。被爆者で日本語教育者として活躍された故ラザク先生に関するものだった。

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 今年も七夕生まれのラザクさんのお誕生日が近づいてきた今日この頃、ラザクさんに関連するいくつかの資料や映像に触れる機会がありました。ご存じかもしれないと思いましたが、伴さんと共有したくご連絡しました。

 アジア学生文化協会理事長から広島原爆資料館の現在の企画展(3/27-9/8)「被爆した東南アジアの留学生―国を超えた友情―」のことを聞きました。

リンク:被爆した東南アジアの留学生|広島平和記念資料館

 日本語パンフレットPDF、3pにラザクさん→栗原明子(くりはらめいこ)さん宛葉書が紹介されています。すばらしい日本語です。

 ラザクさんの息子さん、ズルキフリさん(元マレーシア科学大学副学長)が2年前に広島を訪ねた時の映像を見つけました。




 被爆し広島で埋葬されたユソフさんの姪が広島を訪ねた時の映像もありました。




リンク:未来へ残す 戦争の記憶|TSSテレビ新広島



 日本で被爆して亡くなった南方留学生のお墓のことなどで、当時のアジア学生文化協会理事長穂積五一さん他も尽力されたそうで、今回の企画展にアジア学生文化協会も資料協力することになったそうです。穂積五一さん45回忌(7月17日)にこの企画展に関連した勉強会ができないか?と現理事長(白石さん)と話しています。

 伴さんの「親日家 日本語教育のラザク先生」を読み返しました。

 故アリフィン・ベイさん(インドネシアの被爆者)にもお会いしているのですね。

 伴さんがお元気だったら(酷暑の夏は厳しいですね)原爆資料館企画展にご一緒したいと思いました。

 戦争は誰に対しても悲劇でしかないこと、被爆国の日本人の意識が怖いです。

                           藤嵜政子

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 友人とラザク先生の思い出を共有できたことを有り難く思い、改めてラザク先生と親しくおつきあいさせて頂いたことの意味を噛みしめた。先生の折々のお姿が思い出され、その少し高い声で話してくださったお話の内容が思い起こされた。先生は度々マレーシアの若者たちに原爆の体験についても講演されていた。
 
 この夏元気を出して藤嵜さんと広島を訪ねることが出来たらいいけれど・・・。ラザク先生のご供養にもなり、また戦争と平和について改めて考える貴重な時間となるのではないかと思う。

 ラザクさんの息子さん、ズルキフリーさんが広島を訪ねられた時の映像は感動的です。お父様に似ていらっしゃいます。

 七夕の今宵、ラザク先生を想い、ご冥福をお祈りして過したいと思います。藤嵜さん、ありがとうございました。



リンク
❤ マレーシアの彦星(Star Festival)
❤ 親日家 日本語教育のラザク先生
❤ 被爆したラザク氏とルック・イースト|伴武澄、萬晩報

参考資料
1.オスマン・プティ著、小野沢淳ほか訳『わが心のヒロシマーマラヤから来た南方留学生』(勁草書房、1991)
2.宇高雄志著『南方特別留学生 ラザクの「戦後」』(南船北馬舎、2012)
3.早川幸生編「オマールさんを訪ねる旅ー広島にいたマレーシアの王子様(かもがわ出版、1994)
4.藤原聡他「アジア戦時留学生ー トージョーが招いた若者たちの半世紀」(共同通信社、1996)



マラ工科大学の執務室にて
ご自宅前にて
私が主幹を務めたクアラルンプール日本語センタ―のオープニングにて
両親にも会っていただきました。
中央がラザク夫人

私の送別会で美しい花束をいただきました



今日高知は生憎の雨模様ですが・・・