日本語版『コーラン』の翻訳者井筒俊彦氏は「解説」の中で次のように述べている。
「(イスラーム教の)一番の根元は『コーラン』というただ一冊の書物にある。そして今も昔もかわりなく、この聖典は信徒の狂熱的尊信を一つに集め、その生活の諸相を規定し、彼らの思想・感情の生きた源泉をなしているのだ」

 「神憑りの言葉。そうだ、『コーラン』は神憑りの状態に入った一人の霊的人間が、恍惚状態において口走った言葉の集大成なのである。だからそこに説かれているのはマホメットの教説ではない。マホメットではなくて、マホメットに憑りうつった何者かの語る言葉なのである。その「何者か」の名をアッラー Allah という。唯一にして至高なる神の謂いである」

 「(この天啓は)一時に下ったのではなく、少しずつ切れ切れに、約二十年もの長い歳月かけて下った」

  『コーラン』は全部で114章あるが、各章は必ず次の文で始まる。

        Bismillah Hirrahman Nirrahim
        (慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において…)

 この「慈愛」と訳される「rahim」は「子宮」という意味でもあるが、このことが示唆する意味の深さに感動せずにはいられない。

 さて、今日のコラムは女性のベールについてである。
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再掲

かぶる? かぶらない?

2000年5月7日

   茶髪ショックがまださめやらぬまま、日本からマレーシアに戻って、改めて道行く人々の姿を眺めてみると、目に付くのは人種的特徴の個性豊かさ、カラフルで多様な服装、そしてマレー系女性のトゥドゥン(ベール、またはスカーフ)である。

 初めてイスラーム国を訪れた人は違和感を覚えるかもしれないが、イスラーム教徒の女性の多くは、性の誘惑を避けるため(?)、「魅惑的な」髪をベールで覆っている。

 このイスラームの「ベール」は、国によって、その呼び名も色・形も違うようだ。マレーシアでは「トゥドゥン」と呼んでいるが、尼僧や修道女がかぶるような長いものもあれば、頭だけを覆うスカーフ風のものもある。色も黒や白の他、カラフルなもの、花柄、唐草模様などをあしらったものもある。その他、礼拝の時に頭から全身を覆う真っ白なガウン風のものがあるが、これは「トゥルコン」と呼ばれ、ムスリム女性にとって肌身離せぬものである。

 黒や白の腰まである長いトゥドゥンはいかにも宗教的、「男よけ」のような感じさえするが、華やかなバジュ・クロン(マレーの民族衣装)などとコーディネートしたお洒落なトゥドゥンは一種のファッションとも写る。

 トゥドゥンはイスラーム女性のアイデンティティーの証し。但し、マレーシアでは皆がかぶっているわけではない。かぶる人とかぶらない人がいる。かぶっていれば「宗教心が篤い」と見られるが、かぶらないからと言って必ずしも「宗教心が薄い」とは言えない。この辺りは微妙且つセンシティブなので、ムスリムの友人に根掘り葉掘り聞くのも気が引け、深く追求したことがない。

 早い子は3、4歳で頭を覆い始める。「形」や「作法」からイスラームに入っていくのだろう。イスラームは躾の基本。逆に躾はイスラームの基本とも言える。

 私の周りでは、新妻や、結婚適齢期が近づいてトゥドゥンをかぶるようになった女性が何人かいた。また、退職間近になって、白髪混じりの頭を、戦後日本で流行ったドラマ『君の名は』の「まち子巻き」のように、そっと覆うようになった教授もいた。

 人、それぞれであるが、目に見える「形」の変化は「心境」の変化でもあろう。

 ある時、同僚のマセラさんとおしゃべりをしていたら、こんな話が出た。

「伴さんね、私のヘアスタイルを見て『もうそろそろかぶった方がいいんじゃない?』と忠告してくれる人もいるんだけど、私、まわりに言われたから...というのはイヤなの。イスラームはね、自分と神様との関係。自分が神様と向かい合って、『かぶらなきゃ』と思うようになったら、かぶります」

 日本の大学を出て、日系企業に勤めた経験もあるマセラさんは30歳過ぎで、一児の母親。ウェーブのある豊かな髪をショートカットにしている。マレーの民族衣装と洋服(主にパンツ・スタイル)を半々で着こなす、なかなかのオシャレさんだ。

 このマセラさんの話を聞いて、「かぶらない」ことにもひとつのプレッシャーがあるのだなぁ、そしてイスラーム教徒というのは、(失礼な言い方だが)意外に「個」が確立しているのかもしれない、日本人よりずっと西洋に近いのかもしれない、と感心したものだった。

 著名人に目を向けると、マハティール首相夫人のシティ・ハスマ女史はトゥドゥンをかぶっていない。1998年に解任されたアンワル前副首相夫人のワン・アジザ女史(国民正義党党首)は夫君が華やかなりし頃、いつもパステル・カラーのトゥドゥンをかぶって清楚なイメージを印象づけていた。そして、1999年4月26日号の『ニューズウィーク』にはそのクリーム色のトゥドゥン姿が表紙を飾り、本文では「改革の天使、立ち上がる」と謳われたりもした。

 マハティール首相の後継者と目されるアブドゥラ副首相はイスラーム指導者の家系に生まれ、本人もマラヤ大学でイスラームを専攻しているが、日本人の血を引くエンドン夫人はその華やかな長い髪を覆ってはいない。

 ある時、私はハリラヤのオープンハウスで、政府高官の夫人たちの会話を漏れ聞いたことがあった。「アブドゥラとエンドンは、あれで(トゥドゥンをかぶっていないことをさす)ちょうど(イメージの)バランスがとれていていいんじゃない?」 この多民族国家では、指導者たちのイスラーム色が強すぎても、弱すぎてもいけないのかもしれない。

 先般UMNO(統一マレー国民組織)婦人部長の地位を争っているラフィダ国際貿易産業相が反対派からトゥドゥンを着用していないのはイスラームに反すると批判されると、「かぶるか、かぶらないかは個人の問題でしょ。大切なことは職に対する務めであり、政治問題とトゥドゥンを一緒にしないで!」とやり返したという。

 頭を覆うのは女性ばかりではない。シーク教徒の男性は幼い頃からターバンを巻いているし、ムスリムの男性も改まった場所や公式行事の時には黒や紺色などのソンコを着用し、礼拝の時などは白いコピア帽をかぶっている。

 「心」を「形」で表わすとも言えるし、「形」を作って「心」を整えることもあるのだろう。また、「形」が「心」とストレートに関連がない場合もある。マレーシアでは「かぶるか、かぶらないか」は、終わりのないテーマである。