今日は断食5日目である。ムスレムの一日の生活を描いたコラムを再掲する。
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再掲

イスラームの時計

2000年3月13日

 マレーシアの大地に立って耳を澄ますと、イスラームの心拍が聞こえてくる。一日5回の小さい拍(5回のお祈り)、毎週金曜日の中ぐらいの拍(金曜日の礼拝)、そして年一回の断食とハリラヤ・プアサ(ハリラヤ・アイディルフィトゥリ)やメッカ巡礼とハリラヤ・ハジ(ハリラヤ・アイデルアドゥハ)などの大きい拍である。それはこの地で、自然と人間が何百年にもわたり織り成してきた「共生」のリズムである。

 3年前、私は半年余り、日本語教育の大先輩であるタイバ先生のお宅に居候させていただいたことがある。クアラルンプールから少し離れたマレーシア国民大学(UKM)で日本語を教える話があった時、「まだ運転もできないし」と尻込みする私に、タイバ先生はこう言って説得して下さったのだ。 「そんなこと、問題じゃないわ。私の家に泊まって下さいな。一緒に家から大学へ通いましょうよ。ずっと一緒だったら、いろいろお話もできるし。ね、いいでしょ? 引き受けて下さるわね!」

 タイバ家は4人家族だったが、長男はマラヤ大学の寮に入っていたので、普通の日はご主人とタイバさん、次男のイクワン君(小学生)の3人だった。ご主人は元軍人で既に退職しておられた。 敬虔なムスレムであるタイバ家では、世界共通のグローバル・タイムとともにイスラームの時計が一日を刻んでいた。

 タイバ家の朝は5時半すぎから始まっていたようだ。新しい仕事の緊張感と疲れから、私は二階客室のダブルベッドの上で大の字になって眠っている時間なのだが、時折早朝にトイレに起きることがあって、そのことを知った。 6時ごろ、眠い目をこすりながら、ガウン姿でドアを開けると、目の前の薄暗い踊り場で、一家が揃って朝(Subuh)のお祈りをしていることがあった。 キブラ(メッカのカーバ神殿の方向)に向かって、一番前にご主人、次にイクワン君、そして一番後ろに女性であるタイバさんが並び、立ったり座ったり、絨毯の上に頭をつけたりしてお祈りをしている。ご主人は縞模様のサロン(腰巻き)にコピア(白い布の丸い帽子)をかぶり、タイバさんはトゥルコン(頭の上からかぶり、体全体を覆う白い布)を着ていて、顔しか見ない。まるで別人のようだ。コーランを朗誦するご主人の力強い張りのある声が、夜明けの静けさを破って宇宙に吸い込まれていくようだ。夢うつつの私には、荘厳で近寄り難い神秘的な光景だった。

 早朝の礼拝が終わると、再び家の中は静まり返り、7時前には皆がそれぞれ勝手にパンと飲み物の朝食をとる。

 7時15分。タイバさんがトゥドゥン(頭を覆うベール)をかぶると、それが「さあ、出かけましょう!」という合図だった。私たちはカンチル(ネズミ鹿という名の小型の国産車)に乗って大学へ向かった。

 大学まではわずか15分。一本道で、両側には広々とした野原が広がっており、道路沿いには所々、中古車の店や材木屋、石屋、植木屋などの他、バラック建ての食堂や不法占拠の人家が並んでいる。

 大学に近づくと、一帯緑の並木道となる。朝日を浴びた木々は新しい一日を迎えて生き生きとしていて、木の葉の間を滑る光が眩い。 ラジカセからはナシッドという、イスラームやアッラーを称えたポピュラー音楽が流れている。景色のことか、歌のことかわからないが、「ねぇ、神は偉大よね」とタイバさん。

 研究室に着くと、タイバさんはキブラに向けて、床に斜めにマットを敷いて、「任意」のお祈り(これは一日5回のお祈りに含まれていない)。そして、いよいよ8時から仕事開始。  その学期、私たちはレベル1のクラスを3クラスずつ担当した。タイバさんは11時まで休みなしで3クラス教える。私も後ろで参観して、必死で教授法を学ぶ。午後同じことを自分のクラスで教える。これが、二人三脚の綱渡り教師即戦力養成方法だった。

 午後1時過ぎ、タイバさんはZuhurのお祈り。お祈りはトイレで手、足などを洗って身体を清めてから行う。4時に私が授業を終えて興奮して戻ってくると、間もなく「伴さん、そろそろ帰りましょうか。でも、その前にちょっとスンバンヤン(お祈り)をさせてね」とタイバさん。夕方のAsarのお祈りである。

 帰宅は5時過ぎ。一息入れて、タイバさんは台所に立つ。私にはお手伝いも、マレー料理を習う余力も全くなく、二階で休ませていただく。 夕食の支度を終えて、日没時のMaghribのお祈り。ご主人はその後、着替えて近くのスラウ(礼拝所)へ。タイバさんは8時半頃、家で一日最後のIsyakのお祈り。ご主人が帰られてから、9時頃みなで夕食。スラウで仕入れたニュースが話題になることもあった。これが、ムスレムの、「祈りのある」生活である。一日5回、一生続けるのはなかなか大変だろうなぁと思うのは、私が異教徒だからだろうか。

 週に2回、夕方になると、イクワン君のコーランの家庭教師がやってきた。インドネシアからのイスラーム専攻の留学生で、ひたすらコーラン朗読の練習をさせていた。もちろんアラビア語の原典である。読み方を間違えると、厳しく正していた。若いイクワン君は、マレー語、英語、日本語、アラビア語ができた。

 ある時、珍しくタイバさんの大声が聞こえた。イクワン君を激しく叱っている。どうやらコーランの勉強をサボったらしい。私はあんな「コワイ」タイバさんを見たことがなかったので、少々驚いた。マレー人はムスレムに生まれるとは言え、こうやって厳しく教育して伝統を守っているのかと思うと、身の引き締まる思いがした。

 イスラームの時間には色がある。私は、5つの祈りの時間のなかでMaghribが一番好きだ。その時間に、ちょうどハイウェイを家に向かってドライブしていることがあるが、運がいいと、素晴らしい夕焼けに巡り合えることがある。太陽が西の空に沈み、雲がピンク、オレンジなどの色に染まって、キャンバスのブルーと美しいコントラストを見せる。遥か彼方に極楽浄土を連想させるような息を呑む美しさである。落日に見とれていると、今まで騒々しかったラジオ番組がプツリと途絶え、一瞬の「沈黙」を置いて、Maghribを告げる澄み切ったアザーンの声が流れてくる。自然がすべてをやさしく包む、やすらぎの時であり、イスラームに限りない叙情を感じる時である。